野坂昭如『万婦如夜叉』(1971 「オール讀物」)

女に対する妄想、題名とおりにすべての女は夜叉のようであって、その前で男はどうしようもない存在だと描きあげる。あげくに先妻との間の息子と妻が「デキ」てんじゃないかという妄想にとりつかれる男。家庭を舞台にした壮絶な「反米闘争」。野坂にとっての戦後はまだまだ終わっていなかった。
 注:「戦後は終わった」(1955「経済白書」)

「ごめんなさい、私、腋臭なんです、いやでしょ」やり過ぎたかと、同じく硬直した義尊の手を腋から離し、ハンカチで丁寧にふき清めると、今度はおおっぴらに首をあずけてもたれかかかる。義尊おそるおそる肩に手をまわし、以後は理恵もほとんど笑わず、ただハンカチをしっかとにぎりしめていた。気づかれぬよう、腋毛にふれた指を嗅いでみると、法子の口臭とは雲泥の差、艶やかに光るその有様が浮かび、つれて理恵の裸像がスクリーンにダブり、動悸激しく、息苦しい感じとなって、抱くとまでいわぬ、唇を吸えたら、腋毛に鼻をこすりつけ、理恵の体臭胸いっぱいに満たしたら、それで至上の快楽に思えるのだ。