中上健次『ふたかみ』(「文學界」 1985.2)

 中上版『春琴抄

「立彦、ずっとわたしの見た物と同じ物見えたんやのに、他所行ておかしいなった。眼を潰したろ。立彦、それの方が似合うよ。綺麗な顔してるから、化粧して、女の着物きせて、それでここへ住ましとくん。昔やったら、そうしょうれ、と言うたら、そうした。立彦とわたし、二人がここにおってオイさんが山へ働きにゆく。立彦にわたしが一つ一つ外の事、教えたる。わたしがオイさんと寝たのも教えたる。時々、わたしでもオイさんでも、立彦を眠っとったオイさんのようにしたるん」
 喜和はそう言って弥平に唇を重ね、顔をくっつけたまま眼をのぞき込み、「オイさん、本当にあの時、気持ちよかった」と訊く。弥平は腕をのばし、喜和の髪を撫ぜ、「おうよ」とうなずく。
「おまえら二人に玩具にされて、眼瞑っとたら、神さんにされとる気した。何にもしらんと撫ぜられ、握られとるうちに、夢の中で、女の中の女としとる気して、普通の女としても味気なかった」