中上健次『残りの花』(「新潮」 1983.1)

 全集で10ページほどの掌編。ほんと短いけれど、路地の暑苦しさや、十吉と女の情感が溢れている。短編集『重力の都』の中でいちばん好きな気がする。

 十吉はどんなに優しくても、女に優しすぎることはないと思った。
 暗くした家の中で、女と同じように眼がきかなくなったまま、内側からふいて出てくる欲情が女の柔らかい肉と香気でなだめられ、自分の吹き出したものと女のなだめるような甘露の涌いて出る源に顔をうずめ、女にさとされて女の顔に顔をつけ、女に眼が見えないでどうやって暮らしてきたのか訊かせてほしいとせいた。
 女は、「なんでもありませんよ、生まれつきですから」と言う。


十吉は女の苦労が痛かった。光りのない家の中で、女の歓喜の声を耳にし、女を伏し拝むように愛撫しながら、十吉の中の男もまた盲いている事、光りのない闇の中をぐるぐる渦巻き、かたまりとなってつきあがり、闇の中で熱となって溶けると知り、いっそ自分も、指のように、肌のように盲いていればよいものを、と思った。
 女は闇の中で、やっと自由になったように十吉を包み込み、声をあげる。