中上健次『重力の都』(「新潮」 1981.1)

御人にとりつかれた女を解き放つために由明がとったのは、女を異世界に突き落とし、自らも女とともに落ちていこうとすること。中上健次自らが「大谷崎潤一郎への佳品への、心からの和讃」というべく『春琴抄』が念頭にあったはず。

 由明はそんな幻を女が見聴きする事のないようたっぷり毎日楽しませてやると言い、舌なめずりし、淫乱な男に出喰わしてよかったとつぶやいて戸口から雨でけぶったのぞき、外を山が風で揺れ欅の梢が寒々と空に突き出している変哲もない景色だと眼を離し、女に山の中にいると月経の女陰に顔をつっ込んでなめてみたくなったり、女が一等羞かしくなるような形でやってみたいと思うと言い、女が泣き出すのを見て、外へ行ってもろくな事がないからと蒲団に入り直そうと誘った。
 女は蒲団に入ってもまだ泣いていた。唇を吸いつづけながら、雨を止める事も風を止める事も無理だから、肉が溶けて腐っていた御人の体が痛み続けてこらえたあげく腐った肉が精気をとりもどし溶けた肉が固まり元にもどって今由明としてここにいて、怒張したものを女の手に握らせていると思えと言った。女の耳元で、ここは町だからまだましだがこの時季に山の中で雨に降られるとたとえようもなくさみしいと言い、そこにいる男の誰もが口では言わないが、女を欲しい、なめたり吸ったり頬ずりしたりこねくり廻したりされたりする女が欲しいと思っていると言った。