野坂昭如『マリリン・モンロー・ノー・リターン』

ちょうどこの1972年頃、野坂全盛で、同名の曲まで歌ってたのだ。その歌を死ぬくらい聞いてはいたのに、小説のほうは読んでなかった。『てろてろ』とか『エロ事師』とかは読んでたのに。
やっぱり野坂節ばりばりで、野坂にとってはモンローってのは女神様だったんだろうな。モンローを偶像化することでしか生きていけない雄二という男の像は30年経った今にも生きている。
ちなみに装丁は横尾忠則。カバーを取っ払ってもかっこいい装丁なのだ。

打ちひしがれると、必ずモンローがあらわれ、このベッドは、モンローが寝乱れたのだと思うと、不愉快さが失せ、ルーデサックも、パンティも、モンローにかこつければ、いやな気持ちがうすれるのだ、俺は今、マリリン・モンローの身のまわりを始末していると思いこみ、するとスカートから太もも半ばあらわにした姿が浮かんで、やさしく包みこまれる如く、むしろいそいそとあたりを片付けた。


「モンローが死んだ?」雄二ふらっと立ち上り、死んだと聞いたとたん、あれほど鮮やかによみがえったその笑顔や姿態が、まるで死体のたちまち冷えきるように、ぐんぐんうすれて、追いすがるように眼をこすり頭ふり立て、モンローだけが生きる頼りだったのに、いや、俺だけがモンローの本当の美しさ、やさしさを知ってたのに、どうして死んでしまったのか、断りもなく。せめて、夢枕に立ってくれてもいいじゃないか、これからは俺は、何を頼りに生きるんだ、ああモンローと物狂おしく髪をかきむしり、「あんた疲れてんねんわ」善枝だらしなく横坐りのまま見上げる。