藤沢周『雨月』

maggot2004-06-09

単に読み物としてはおもしろいんだろうけれど、セックス、ドラッグ、憑依、AVなどと記号を並べられるとつらいものがある。結局のところ、キーパーソンとなる田中裕子がどこからやってきてどこに消え去ったのかわからないまま。それはそれでいい、いやそうでないといけないんだけれど、ストーリーテリングに大半をさかれているようで、藤沢周として読むと、物足りなさを感じてしまう。もっともしばらく彼もこんな調子なんですけどね。鶯谷のラブホの中のお話。
『雨月』というタイトルには、たぶん上田秋成の『雨月物語』が念頭にはあったんだろ。『雨月物語』なんか読んでへんからわからんけど、ラストなんかは「吉備津の釜」? でもたぶん『雨月物語』のほうがおもろいんとちゃうやろか(苦笑)

幾筋かの薄青い煙をまだ上げているが、鎮火された後の強い焦げ臭さが辺り一帯に充ちて、いつのまにか、俺の服も煤けていた。
 ビルの外壁はぽっかりと空いた窓から一様に黒い大きな焦げ痕ができていて、迷彩柄のように見える。ビルの上は、空が明るくなりかけていたが、時間の感覚が麻痺して、何時かも分からない。何故、目の前に焼け廃れた雨月の建物があるのか、と奇妙なことを考えては、数時間前の激しい炎上を夢のように思う。

 (2002 光文社)