宮本輝『幻の光』

 ついこないだ、是枝裕和監督の『幻の光』見たところだから、江角マキコの印象が残ってて。やっぱり映画見るより先に原作は読んでおくべきね。
 それはそれとして、この頃の宮本輝っていいね。ゆみ子の関西弁の告白文体で、『錦繍』とはまた違った趣があって、じんと来ることは確か。

 嵐は夕方になってもおさまれへんかった。わたしは今朝の、曽々木の海とも思えん平穏な朝焼けを思い出し、とめのさんの舟が光のひと粒になって消えて行ったさまを、心に描いてた。そのころには、砂浜に積もってた雪は風でかき消え、すさまじい波しぶきをかぶって凍りついたまだら雪だけが、灰色の血管みたいに張りついているのでした。


あんたを喪ったことに対する哀しみは、自分でも身震いするほど異常なもので、それはいつまでも尾を曳いてきた。他人の憶測の及ばん、何の理由も見つからん自殺という形で、愛するものを喪った、その地団駄を踏むような悔しさと哀しさが、胸の中でとぐろを巻いたんでした。そして、わたしはその悔しさと哀しさのおかげで、きょうまで生きてこれたのやった。気がつくと、そのための格別の努力や工夫をこらしたわけでもないのに、民雄さんと友子ちゃんは、もうわたしにとってはなくてはならないものになってた。わたしも勇一も、知らぬ間に、関口家の人間になりきってたんでした。わたしは、あなたのうしろ姿に話しかけることで、危うく萎えてしまいそうな自分を支えつづけてたのかもしれん。

(1979 新潮社) 
文庫本