谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』
キショーっ！とか、この死に損ないのエロ爺ぃなどと言うてるうちは、まだまだケツが青いのだよ。なんて書いて、はっと気づく。予もかなり瘋癲老人の域に達してきた。究極の老後。憧れる。
ヲカシナコトダガ、痛イ時デモ性慾ハ感ジル。痛イ時ノ方ガ、一層感ジル、ト云ツタ方ガイゝカ。
コレモ一種ノ嗜虐的傾向ト云ヘバ云ヘヨウ。若イ時カラサウ云フ傾向ガアツタト思ハナイガ、老年ニ及ンデダンダントコンナ工合ニナツテ來タ。
ココニ同程度ニ美シイ、同程度ニ予ノ趣味ニ叶ツタ異性ガ二人ヰルトスル。Ａハ親切デ正直デ思ヒ遣リガアリ、Ｂハ不親切デ嘘ツキデ人ヲ騙スコトガ上手ナ女デアルトスル。ソノ場合ドチラニ餘計惹カレルカト云ヘバ、近頃ノ予ハＡヨリＢニ惹カレルコトハ先ヅ確カデアル。但シ美シサニ於テＡヨリＢガ少シデモ劣ツテヰタノデハイケナイ。美シサト云ツテモ予ニハ予ノ好ミガアルカラ、顔ヤ體ノ種々ナ點ガソレラニ合致シテヰナケレバ駄目ダ。予ハ鼻ガ長クテ高スギル顔ハ嫌ヒダ。何ヨリモ足ガ白クテ、華奢デアルコトガ必要ダ。ソノ他サマザマナ美點ガ相互ニ等シイ場合、惡イ性質ノ女ノ方ニ餘計魅セラレル。時ニ依ルト顔ニ一種ノ殘虐性ガ現ハレテヰル女ガアルガ、ソンナノハ何ヨリダ。ソンナ顔ノ女ヲ見ルト、顔ダケデナク、性質モ殘虐デアルカノヤウニ思ヒ、叉サウデアルコトヲ希望スル。
「今日ハ唇ダケデナクツテイゝ、舌ヲ着ケテモイゝ」
予ハ七月二十八日ト同ジ姿勢デ、彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ツタ。舌デユツクリト味ハフ。ヤゝ接吻ニ似タ味ガスル。ソノマゝズルズルト脹脛カラ踵マデ下リテ行ク。意外ニモ何ニモ云ハナイ。スルマゝニサセテヰル。舌ハ足ノ甲ニ及ビ、親趾ト第二ノ趾ト第三ノ趾トヲ口一杯ニ頬張ル。予ハ土踏マズニ唇ヲ着ケル。濡レタ足ノ裏ガ蠱惑的ニ、顔ノヤウナ表情ヲ浮カベテヰル。
「モウイゝデシヨ」
急ニシャワーガ流レ始メタ。彼女ノ足ノ裏ト予ノ頭ダノ顔ダノヲ水ダラケニシテ。
「颯チヤン、颯チヤン、颯チヤンタラヨウ！」
サウ云ウテヰルウチニ予ハワアワア泣キ出シタ。眼カラハダラシナク涙ガ流レ出シ、鼻カラハ水ツ洟ガ、口カラハ涎ガダラダラト流レ出シタ。ワア、ワア、ワア、??予ハ芝居ヲシテルンヂヤナイ、「颯チヤン」叫ンダ拍子ニ俄ニ腕白盛リノ駄々ツ子ニ返ツテ止メドモナク泣キ喚キ出シ、制シヨウトシテモ制シキレナクナツタノデアル。ア、己ハ實際氣ガ狂ツタンヂヤナイカナ、コレガ氣狂ヒト云フモンヂヤナイカナ？
（中略）
モウコレ以上クダクダシク書クノハ止メル。接吻ニハ遂ニ逃ゲラレテシマツタ。口ト口ト合ハセナイデ、互ニ一センチホド離レテ、アーント口ヲ開ケサセテ、予ノ口ノ中ヘ唾液ヲ一滴ポタリト垂ラシ込ンデクレタゞケ。
