滝田ゆう『寺島町奇譚(全)』

maggot2004-01-08

 『寺島町奇譚』(1980 青林堂)、『ぬけられます』(1980 青林堂)を合本。元は「ガロ」に1968〜1970,「別冊小説新潮」1972に掲載された。
 滝田ゆう版『墨東綺譚』、というか永井荷風は玉ノ井に通ったのだが、昭和7年滝田ゆう自身が玉ノ井に生まれ、終戦の13才まで住んだ玉ノ井をもとに描かれている。明確なストーリー漫画ではないけれど、いつの間にか引っ張り込まれる非常に朴訥とした味がたまらない。漫画は漫画であるけれど、私小説のような、私随筆のような。滝田ゆう自らが文庫版のまえがきでも書いているように、「ガロ」に掲載された時期というのは、かの時代なわけで、「民主化以前の明け暮れを、うらみつらみ共々書いてみたかった」という気概を感じてしまう。
 去年の春に、玉ノ井、鳩の街をはじめて歩いたが、あたりまえのことながら、『墨東綺譚』や『寺島町奇譚』の世界はいまはもうない。それでも踏み込んだ世界がラビリンスのようであったことをしみじみ思い出しながら味わえた。