谷崎潤一郎『蓼喰ふ蟲』(1929)

 ぎゃふん。文章、構成の上手さがどうこうとか、決して言えませんって。す、すごすぎる。話の中に文化論であるとか、もちろん恋愛観であるとか、織り込まれているのだけれど、その論考のバックボーンの大きさに畏れおののくばかり。最近の作家のってその逆なんだよねぇ。
 いまにも離婚しようかとしている夫婦。そしてその妻の老父は自分たちより若い女を迎え入れている。その二組の男女のありようがメイン。この終わり方がもう最高に痺れる。

涼しい風が吹き込むのと一緒にその時夕立がやつて來た。早くも草葉の上をたゝく大粒の雨が聞える。要は首を上げて奥深い庭の木の間を視つめた。いつしか逃げ込んで来た青蛙が一匹、頻にゆらぐ蚊帳の中途に飛びついたまゝ光つた腹を行燈の灯に照らされてゐる。
「いよいよ降って來ましたなあ」
襖が明いて、五六冊の和本を抱へた人の、人形ならぬほのじろい顔が萌黄の闇の彼方に据わつた。