藤沢周『愛人』 (2000 集英社)

 「・・・・・・オシッコ・・・・・・、かけて」
ハイ、帯にそう書いてあったので、買いました。

「・・・・・・私って、変態、かな・・・・・・?」と、いきなり始まって数ページでこの帯の話が出てくるんだけれど、ををっをというのも最初のうちだけ。もういっぺん街の中の空地でやってしまうってくらいで、そう期待するほど変態ちゃうって。もう少しSMチック、フェチに突っ走るんかと思ったけど、官能小説じゃないんだから(^_^ゞ いちおうね、藤沢周は98年の芥川賞(『ブエノスアイレス午前零時』)でしょ。でも、読みようによってはいわゆる官能小説と呼ばれるのよりずっとエロいね。「におい」というのは少なからずエロいでしょ。
この『愛人』にはやたらとにおいに関する記述が目立つ。ちなみに《まごまご日記10/03》の引用もこの『愛人』だ。でも挑発的な帯のわりにオシッコのにおいにさっぱり触れてないのは変な気がしないでもない。
 ところで、嗅覚だけは感覚野を通って前頭葉にまで達すると書いていたのは花村萬月だった。で、なくても「あの人のにおいをさがして」などとごく普通にも使ってしまう。
 嗅覚から呼び覚まされるさまざまなこと、その妄想はひどくえっち臭い。本の間から漂ってくるそうしたにおいを嗅ぎ分けているうちに、いつの間にか、『愛人』の世界に引き込まれているのだった。
 ちなみに『愛人』というタイトルから容易に想像できるだろうけれど、こういう類いの話はどよーんと重い。すっきりしない。でもそんなすっきりしなさが好きだったりもする。

20011004Thu

鼻先を掠めたかすかに饐えた息のにおいに、金属めいたものを感じて、


雨のにおいと一緒にプレジャーズの香水のにおいが一気に膨らんだ。自分のシャツの中にも忍び寄ってきて、胸や腋の下にまで入り込み


鼻腔に残った紀子の体臭や香水の香りが再生され、想像以上の力で抱き締めてきた感触が蘇った。


いつもと同じようにガラム煙草のにおいが漏れていて


鏡の前に立って、黒くぶら下がる性器を右手で掴むと、汗ばんでいて、その手のにおいを嗅ぐ。饐えた自分の体臭が鼻先に湿って、理子と交わらない時の自分は、一気に中年臭というのか、下り坂に入りかけて傾いた肉が焦げるにおいがする。