『犬狼都市(キュノポリス)』

「ファキイル」
 ふと、麗子は目のなかにある衝撃を受けた。微細な狼が敏捷な身のこなしで、自分の目のなかに飛びこんできたように感じたのである。しかし彼女の瞬間的な印象の通り、はたして石の内部を脱け出した狼が、麗子の瞳孔のなかに飛びこんできたのか、それとも麗子のほうが無意識に、ふくれあがった石のなかへ身を躍らせたのか、その辺は、麗子自身にも定かでない。狼と麗子、二つの個体をへだてる雰囲気の密度の差は、いずれにせよ、このときすでになかったのである。
 で、気がついてみると麗子は、多面体の透明な宝石のなかに、狼とともに封じこめられているわが身を発見した。
 麗子はついに虚妄の現実をくぐり脱けて、究極の、唯一の、確かな現実にたどりついたのであろうか。